変わりゆくこと

が苦手なんだなってつくづく思った。

良いものであれ悪いものであれ変化は苦手です。

ぼんやり流れるように生きていたいしその際目に映るぜんぶを、力を抜いて受諾していきたくはあるし実際普段はそうできている気がしないでもないんだが、

時折こうして、唐突に思い知ります。変化は苦手だ。怖いし息がしづらい。

 

先日支部に、本日こちらにも、かてきょパロディの続きを掲載しました。忘れてないですよ!ただ手がのらなかっただけなんだ!

前にツイッターかどっかでも弁明というか言い訳というかをしたんですが、私自身は受験勉強というものを碌々したことがないので正直受験生ってこういう感じで合ってるんだろうか…といつも首を傾げながら書いてます。一生のうちに死ぬ気で勉強する時間があってもいいだろ、みたいなお話を各時代の担任の先生から同じようなテンションでされたけれども、とりあえず私は、死ぬ気で勉強するくらいなら死ぬ気でお話書いていたかったのでした。このまま右手が死んでも悔いはないと思えるくらい毎日書いていたかったのでした(当時はペンで書いてたからね)。授業もろくに受けていませんでした。だからできる教科と赤点どころかほぼ零点の教科にきれーいに分かれるんですよねwwそんな学生時代を、少し後悔しています。勉強、というか学習というものの意義をわかっていなかった。でもこれは社会に出てみないと何を言われても実感できることはなかったんだろうなとも思う。

心を占める少しの後悔を除くその他の感情としましては、私は間違っていなかったというその一点に尽きます。笑 他の人がそうなのかはわからんが、少なくとも私は多分これで良かったんだなと。文筆業で食っていこうだなんて一度も思ったことないのにね。それでも、誰に怒られても、「それでも今しか!十代の今この瞬間にしか書けねぇ言葉があんだよ!!」と強く信じていました。ここに未成年のかたが来てくださっているか私に知る術はありませし、偉そうに無責任な言葉を投げるつもりも勿論ありませんが、なんというか、自分が極力後悔しない選択肢を摘んでくことも処世術のひとつだと思うのです(全部を選ぶことって案外難しいものですからね)。絶対これっぽっちも後悔しない!ってのはなかなかハードだと思うので。ただ、そのとき何が一番大事かを選ぶこともひとつだと思うのです。将来 だったり そのための学習 だったり 音楽だったり 絵だったり スポーツだったり 言葉だったり まあ様々だけれど、何を選んでもきっと納得するし、後悔もする。だからせめて後悔が少なくあれる選択を。難しいけれども。

ちなみに心を占める少しの後悔並びに大きめの肯定、を除くその他の感情としましては、他の教科はともかくとしても歴史はもっと真面目に受けておくべきであった…というのが数パーセントありますよね…オリジナルで歴史のお話を書いているのですが大人になってから改めて本を手にとってもいやはや分からないよ!笑 でもまあそれもまた選択の副作用なんでしょうな。とりあえずTJ文庫買ったよね!読んでもさっぱりだけどね!www

なんだかよくわからない話をしてしまいましたね。とはいえ私もまだまだ発展途上の身ですので、さらっと流していただけると有り難いというかこんなブログなるものまで目をとおしてくださってるかたってどのくらいいらっしゃるのでしょう…長くてごめんなさい…

 

そういえば、拍手やっぱり外しました。ごめんなさい。別のサービス教えていただいたので色々試してみます。上げたり下げたりしばらく落ち着かないと思いますので、アレでしたらスルーしてやってください。

それと、ずっと放置していたスマートフォンの表示設定もなんとなくいじってみたよ…ほんと、見れればよくね?思考ですんません。

 

追記・支部にURL公開して、しまっ、た…

き、来て下さったかたいらっしゃいましたらよろしくお願いしますふふふー